歴史眠るまち 京都伏見

京都伏見観光連携協議会

伏見散策マップ

竹田・羽束師エリア

風雅な曲水の宴

城南宮

方角の災いを除く方除けのご利益で知られる城南宮は、国常立尊・八千矛神・神功皇后を祀っています。境内には源氏物語の植物を集めた落水苑があり、春と秋の二回、遣水を盃が流れるまでに歌を詠み、盃の酒をのみほす風雅な曲水の宴が行われています。

住所
鳥羽離宮町7
電話
075-623-0846
アクセス
市バス「城南宮」下車すぐ
拝観料
楽水苑拝観 有料
多宝塔が御陵

安楽寿院

創建は鳥羽法王が鳥羽離宮東殿の御堂としたのをはじまりとして九体阿弥陀堂と不動堂が建立され創建以来中世まで栄えました。後に自らの御陵としました。本尊の阿弥陀如来は藤原末期の定朝様式の系統に属し胸に卍が書かれた珍しい像です。

住所
竹田中内畑町74
電話
075-601-4168
アクセス
市バス「竹田浄菩提院町」下車すぐ
火を噴くアームストロング砲

鳥羽伏見の戦いの跡石碑

城南宮の表参道から西の鳥羽街道に小枝橋が架かっています。慶応4年(1868)の正月にこの小枝橋の付近で発砲されたアームストロング砲の音をきっかけに鳥羽伏見の戦いの火ぶたが切っておとされ、戦いは伏見全域に及びました。

住所
中島流作町
アクセス
市バス「城南宮道」下車北へ徒歩1分
心ときめく美にあふれる

京セラ美術館

平成10年に会館。中国清代につくられた乾隆ガラスやパブロ・ピカソ(1881〜1973)の晩年における最重要作品で、1968年に製作された銅版画347シリーズ、洋画、現代日本画、彫刻などを常設展示しています。二階にはファインセラミック館があり、先端産業分野に使われるファインセラミックの技術の変遷が学べます。

住所
竹田鳥羽殿町6
京セラ株式会社 本社ビル1・2F
アクセス
市バス「パルスプラザ前」下車すぐ
電話
075-604-3453(文化事業課)
開館時間
10時〜17時
土・日・祝定休
長岡京の守護神

久我神社

桓武天皇の長岡遷都の際に王城の守護神として祀られ、式内社久我神社として創建されました。桂川と鴨川の合流地点付近にあり、賀茂神社とのつながりが深く、祭神は建角身神・別雷神・玉依姫神の三神を祀っています。

住所
久我森の宮町8
アクセス
市バス「神川小学校前」下車北へ徒歩5分
悲劇を生んだ横恋慕

恋塚寺

北面の武士遠藤盛遠と、渡辺左衛門尉渡の妻袈裟御前の悲恋の物語が伝わる寺。自らの罪を恥じた盛遠は出家し、文覚上人となりました。上人の建てた恋塚が寺名の由来。袈裟御前・渡辺渡・文覚上人の本像が安置されています。

住所
下鳥羽城ノ越町132
電話
075-622-3724
アクセス
市バス「下鳥羽城ノ越町」下車西へ徒歩3分
おおらかな鳥羽の大仏

一念寺

天武天皇即位二年(674)に道昭によって開かれました。本尊の丈六阿弥陀如来像は古くから土地の人びとに「鳥羽の大仏」とよばれ親しまれています。宇治の平等院の阿弥陀如来像によく似た定朝様式の代表的なたいへん美しい如来像です。

住所
下鳥羽三町108
電話
075-611-3434
アクセス
市バス「横大路」下車北へ徒歩5分
鮮魚の荷揚げ港

草津の湊跡

鴨川と桂川の合流利点付近にあった草津の湊は江戸時代、京に舟運で運ばれる物資の荷揚げや旅人で賑わいました。港からは陸路目的地に運ばれました。トバの語源はハトバ、湊に由来しハの音が消えたともいわれています。

住所
下鳥羽下向町
アクセス
市バス「横大路」下車西へ徒歩3分
延喜式にしるされている古社

羽束師神社

羽束師神社の周辺は昔から米の栽培に適した場所であり、農作物の無事成長を祈ることから高御産日神を祀ったといわれています。式内社のなかでも有数の大社でしたが、今は三間社神明造りの本殿と割拝殿が残っています。

住所
羽束師志水町
アクセス
市バス「樋爪口」下車北へ徒歩3分
瀬戸内海の鮮魚を陸揚げ

魚市場発祥の石碑

江戸時代、鴨川と桂川の合流地点にあった草津の湊では、瀬戸内海でとれた鮮魚などが陸揚げされていました。魚は鳥羽街道を通って京へと運ばれたといわれています。羽束師橋から南へ200メートルの場所には魚市場の跡をしめす石碑がたっています。

住所
横大路草津町
アクセス
市バス「府道横大路」下車西へ徒歩5分
珍しい石造五輪卒塔婆

飛鳥田神社

孝徳天皇(〜654)の時代に社殿を造営し、賀茂別雷神を祀ったことが起源とされています。同社御旅所の南側にある石造五輪卒塔婆は文永12年(1275)の銘を有し、阿弥陀三尊をあらわしているといわれています。

住所
横大路柿ノ本町7
アクセス
市バス「洛水高校前」下車北東へ徒歩3分
本堂の柱を貫通した不発弾

妙教寺

法華又左衛門貞清が淀城主松平定綱から旧淀城の土地を拝領して、寛永三年(1626)新淀城の守護として建立。周辺は鳥羽伏見の戦いで激戦地となり、妙教寺は幸いにも難を逃れましたが本堂の柱を貫通した不発弾の跡が残っています。

住所
納所町北城堀49
電話
075-631-2584
アクセス
市バス「納所町」下車北へ徒歩4分
街道に眠る幕府軍戦没者

戊辰戦争戦没者の碑

鳥羽伏見の戦いは慶応四年(1868)鳥羽の小枝橋付近で開戦。鳥羽から淀一帯は激戦の地となり、京都競馬場近くの八番楳木には幕府軍戦死者を葬った墓があります。

住所
納所下野町
アクセス
市バス「納所町」下車東へ徒歩13分
朝鮮通信使が上陸

唐人雁木趾

雁行形の階段を雁木といいます。唐人雁木趾は江戸時代に李氏朝鮮王が幕府に対して送った朝鮮通信使が上陸した船着場の階段の趾だといわれています。通信使は慶長12年(1607)から文化八年(1811)まで十二回来日しました。

住所
納所町納所交差点付近
アクセス
市バス「納所町」下車すぐ
航海の無事を祈願

与杼神社

もと「水垂神社」ともいわれていましたが、明治十年(1877)に与杼神社と改名されました。航海の神である神功皇后の妹にあたる淀姫大明神、高皇生霊神・速秋津姫を祀っています。

住所
淀本町167
電話
075-631-2061
アクセス
京阪「淀」駅下車すぐ
大正時代に淀へ移転

京都競馬場

大正十四年(1924)に丹波町須知から競馬クラブが移転。同年十二月に淀で最初の競馬が開催されました。昭和十二年(1937)にはメインスタンドが完成しました。春の天皇賞や秋の菊花賞などビッグレースが行われます。

住所
葭島渡場島町32
電話
075-631-3131
アクセス
京阪「淀」駅下車東へ徒歩5分
京都警護のために築城

淀城跡

二代将軍秀忠は京都警護のために元和九年(1623)から三年をかけて淀城を築城しました。秀吉が淀殿の産所として築城した淀古城は、この徳川幕府が築城した淀城とは異なり現在の納所に位置しています。

住所
淀本町
アクセス
京阪「淀」駅下車すぐ
船運の賑わいを伝える石段

浜納屋

浜納屋と呼ばれている俵物納屋がある場所はかつては木津川に面していました。納屋内部の中央に設けられた石段を使って浜から直接船に荷物を積み降ろすことができました。今も残る石段は淀川船運で賑わった頃の生活の様子をよく伝えています。

アクセス
京阪「淀」駅下車南西へ徒歩20分